オフィシャルサイトはこちら
Twitter
Twitterはこちら
Calendar
SunMonTueWedThuFriSat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>
New Entries
Archives
Categories
Recent comment
ツイッターを追跡
Profile
Links
Sponsored Links
Mobile
qrcode
Admin
無料ブログ作成サービス JUGEM
Seach this site
2017.03.05 Sunday
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - | - | - |
2017.03.01 Wednesday
彼らが本気で編むときは、

ベルリン国際映画祭のテディ賞の何かの賞を受賞した、とネットで騒がれていたので

ちょっと興味が沸いて観に行った。

よく調べると審査員特別賞を獲った様子。

http://www.sbs.com.au/movies/article/2017/02/20/teddys-2017-three-lgbtq-films-were-major-players-berlin-year

 

3月1日は「映画の日」と「レディスデー」のWパンチで

18時の回満席、他の観たい作品も満席のため、

21時の回までうろうろと時間を潰していたら、

友人の伊藤さんから連絡がありご飯を食べて二人で映画館へ。

奇跡的に隣の席が空いてたので並んで鑑賞できたので満足。

 

「彼らが本気で編むときは、」はトランスジェンダーの女性が母になることに向き合うこと、

11歳の少女がセクシャルマイノリティーに対する理解のない

日本の文化と自分自身から湧き出る喜びや悲しみの感覚と

どちらを信じるかという話で、割と重い題材を取り扱っている。

LGBT映画を日本で作るとなると、一般的に広がっている

イメージの払拭から始めないといけないため、

手術について、ちんこやおっぱいについて、

思春期の恋心や違和感について、女や母という役割の認識について、

差別や偏見について考えなくてはいけないことがハードルの低いところから多岐に渡る。

正直2時間では早送り×3倍速(たまにスキップもあり)でお届けしている情報量になる。

 

そういう、普通の男と女であれば受けないような摩擦に対して

わたしは「編む」という方法と「ご飯を作る」という方法で

他者と交流を持つ、自分の気持ちを表現する、という映画的手法の選択が好きだった。

 

桜の並木通りでリンコさんが「あー!」と自転車を飛ばす瞬間や

偽モノのおっぱいを少年期のリンコさんがつける瞬間や

女性服を着て部屋で引きこもるところや

好きな男の子が女の子に取られるのを黙って見つめる屋上の眼差しや

仲直りの糸電話や

魚の形を作って飲み込むところや

オリジナリティーあふれるシーンの連続が大切に積み上げられていてとても好きだった。

 

3回は泣いたけど、1つは前半で(忘れた)、蕎麦屋のシーンと、ラストのプレゼントのシーンだ。

ちょうど自分がこのテーマに向き合っているのもあり、

だいぶフラットに観たつもりだが、偏っているのかもしれない。

 

たまたま同じ回に友人のライターのみのりちゃんが観に来ていて、

観終わった後にトランスジェンダーでもある彼女の感想を聞くと、

わたしがわりかし早い段階でお話に入れたのと比較すると、

だいぶストレスを感じながら観たんだな、でも当然だよな、と思ったりした。

 

主役は実際のトランスジェンダーのほうがよかったのではないか、

女装よりな描き方、という見方や主人公以外の描き方が雑(笑)という指摘は

いろいろ面白くて今も尾を引いている。

今の日本の一般客にはこのくらいがちょうど受け入れやすいのかな、とか思ったりする。

性差の問題ってどうしても、個人史が関わってくるので、そこを一般客=商業ベースと

組み合わせるとなんだかやりきれない思いが出てくるのが正直なところだ。

 

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2017.02.26 Sunday
劇場版 BIS誕生の詩 と テレクラキャノンボール

久しぶりに名古屋シネマスコーレへ

満員御礼パイプ椅子の大盛況の最中

「劇場版 BIS誕生の詩」を鑑賞。

素材量の多さとカット数の多さ、

編集のリズムやテンポの良さに酔いしれながら最後まで。

 

ナレーションが女性の声をカセットテープで取ったような手法で展開する。

感情の抑制が効いた機械音のような声のナレーションと

まだ何者でもないがBISやアイドルに憧れる少女たち。

彼女たちを取り巻くニコニコ動画の匿名の鑑賞者たちと

所属アイドルが命名した曰くつきの「サイコパス」音楽プロデューサー。

それを撮るのは、女性とAV作品を数多く撮影してきた映画製作チーム。

 

なんだかわからないが「女」という幻を追い求めたストーリーだった。

正直に書くと、わたしは、あまり好きではなかった。

編集は好きだけど撮影の画が乱暴であまり好きでなかったのもあるし、

ストーリーも後半の「BIS」LIVEまではよかったのだけど、

その後の負け組でのSIS的展開や姉妹作映画「SIS」までは観たいと思わなかった。

コンテンツに映画が回収されすぎていて、少し悲しい思いがした。

大人になるといろいろ大人たちの都合というものがあって、

どこから観ても楽しめるのがファンとしては満足できるのだと思う。

でも、わたしはBISのファンじゃなかったので、

映画の情報だけで満足したい一鑑賞者だったのです。

 

でも、プー・ルイの一生懸命さは可愛かったし、

ペリ・ウブのカレー食べてる姿が笑えたし、

ゴ・ジーラはタートル今田さんの元彼女に似ていて愛らしく、

キカ・フロント・フロンタールの追い上げは映画的カタルシスがあったし、

なんだか彼女たちの生き様がこれからどうなるんだろう、ということが気になってしまった。

 

 

それから友人の蓮見はずみさんと薬膳Bar Iriyamaさんが主催したイベントへ

 

イベントの詳細は若くて可愛いサブカル女子まあやさんの記事で。

https://nikkan-spa.jp/1294863?display=b

 

「劇場版テレクラキャノンボール」は二度目だった。

編集のテンポのよさや複雑なルール説明が上手に処理されていて

刺激を受ける。

映画を観ながら大笑いをして、実は自分は出てくる女の人たちに近いのでは、

とフと気づいた時にゾッとした。

 

わたしはエロ仕事の依頼が多く、どれも寸前まで考えたり

一旦受けるものの、結局迷惑をかけながら辞退することが多い。

多分そういうことに興味はあっても、どうしても生理的に超えられない壁がある。

真面目な気質だし、追求型ではあるのだけど、

なんども同じことを繰り返しているので

自分の戒めとして記しておく。

迷惑かけるから引き受けないと決めた。

本当にごめんなさい。

観る専門にします。

 

そうして、その日に友人に身体についてからかわれたり

身体について罵倒されたりして、なんだか目が覚める思いがした。

あぁ、いつから女を捨てたんだろう、と。

たぶん3年前くらいからもういろいろ諦めてしまって、

どうしようもない「女」である自分を複雑な気持ちで受け入れながら

観た映画体験の一夜だった。

 

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2017.02.23 Thursday
息の跡

久々にいいドキュメンタリーだなぁと思った

『息の跡』を観て。

 

小森監督の作品は初めてだけど

興味ある対象に何度も何度も撮影を挑み

相手に嘘や無理強いをせず

本当にしつこく粘り強く関係性を作り撮り続けたんだということに

ただひたすら感動してしまう。

 

この映画が面白いのは、構成の妙である。

構成は通常反転するようなこと(人物の魅力や情報)が後半の展開で

わかるようになっていくのが巧みだ。

 

被災地の状況が何年経ってもまだ『復興』という2文字に片付けられている。

そこで暮らす者たちはサバイバルを生きていて

インフラ整備のない土地に暮らすことの大変さが

中盤を過ぎた辺りから、わかってくる。

彼と撮影者との会話やふたりのやりとりがなぜああいう形を辿ったのか。

タネ屋さんから観る外の風景が特に大きな変化のない日常が

刻一刻と時が過ぎる中でじっと待ち続けることがどれだけ困難か。

真摯に撮影していないと見えてこない世界が

映画の中にある記憶として封じ込められている。

 

訪ねてくる外国人がいるのであろう、

英語や中国語で書かれた冊子の減少や、

観光バスや車の行き交いや、

祭りや何気ない瞬間の尊さや、

奮い立たすようにこぼれ落ちた一言一言に

佐藤さんが今確実に何かを積み上げているということを

見続けることでしか関われない自分の無力さを知る。

 

いい映画だけど、これから自分に何ができるんだろうと

考えざるを得ない、だからいい映画なんだなと。

 

 

https://www.mmjp.or.jp/pole2/

ポレポレ東中野でまだ公開が始まったばかりです。

観た方がいいよ。

 

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
2017.02.13 Monday
第8回 座・高円寺 ドキュメンタリー映画祭

今年は第8回高円寺ドキュメンタリー映画祭で受付をやりました。

いつもはお金を払って観る側として映画祭を堪能していましたが

やるとなったらいろいろ大変だなと実感。

 

2/8 「日曜日の子供たち」

2/9 「我々のものではない世界」

  「ヤクザと憲法」

2/10「標的の島 風かたか」

   「3本足のカラス」

2/11「トーテム」

    「S21 クメールルージュの虐殺者たち」

2/12「ひいくんのあるく町」

   「リアルマリオ」

 

実は今の会社に入る時の面接で

「自社の番組は何を観ましたか?」という質問に

出た答えは映画祭で観た作品やトークショーのみでした。

不勉強なやつ、、、という印象しかなかったと思うのですが

この映画祭があるから、今の居場所に結びついたんだなぁとなんとなく感慨深いです。

 

記録のため記憶とHPを照らし合わせて覚えている限り

記憶がダブつくので確信のあるものだけ留めます。

 

 

第二回 

田原総一朗セレクション 

    「おれはガンじゃない!片腕の俳優 高橋英二の1年半」

    「連続射殺魔と13人の若者たち」

生で初めて田原さんを観た感動したのを覚えている。

 

第三回 

ゲストセレクション 是枝裕和

    「遠くへ行きたい」伊丹十三のゲイジツ写真第撮影

    「遠くへ行きたい」伊丹十三の天が近い村

    「天皇の世紀」♯13 パリの万国博覧会

ここで是枝裕和×今野勉さんの対談の時「原発アイドル」の企画をNONFIXに通そうとしていたので

テレビの制約とか対象に対して中立公正などあるのか、を質問した記憶がある。

 

コンペ 「相馬看花 第一部奪われた土地の記憶」松林要樹監督

 

第四回

田原総一朗セレクション 

    「ノンフィクション劇場 老人と鷹」

    「ノンフィクション劇場 乾いた沖縄」

「佐藤輝作品ダイジェスト」

「YMO PROPAGANDA」

「NNNドキュメント ひめゆり戦史・いま問う国家と教育」

「NNNドキュメント 空白の戦史・沖縄住民虐殺35年」

「残された刻 〜満州移民 最後の証言〜」

「報道の魂 あの時だったかもしれない」

シンポジウム「越境的なドキュメンタリー制作スタイルとは?」

お金がなかったので、無料上映ばかり観た気がする。。

 

第五回

「地球は音楽だ シルクロード幻視行-アフガニスタン」

「地球は音楽だ 裂けた爪のバラード -ドイツ」

龍村仁CMセレクション

中学生の頃、親にガイアシンフォニーの上映に行く約束をしておきながら

友達と遊ぶことを優先させてしまった苦い記憶を思い出しながら観た。

龍村監督のNHK時代の作品の大ファンなので神々しい気がした。

 

第六回

コンペ「風和里〜平成の駄菓子屋物語」

コンペ「イラク チグリスに浮かぶ平和」

シンポジウム「ドキュメンタリーはいま、何と闘うのか?」

 

第七回

コンペ「たゆたいながら」

コンペ「チョコレートケーキと法隆寺」

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2017.01.16 Monday
情念の恋

 

操り人形で作ったものは記憶に残したくない

 

20代は派遣の仕事をしながらあらゆるスーパーを行き来したので

自分の代わりがいとも簡単に見つかるということを実感した

 

わたしは兄妹が上に3人いて姉がヤンキーだったこともあり

できるだけ自分の意思を薄くして場を流すように生きてきた

元々おとなしい気質のため、自分で決めたことは稀だし

主導権を人に託すことへの許容範囲は広い

 

この人生の選択を手繰り寄せている

何かを主張することはとても勇気がいる

主導権を他者に託すことで傷付いたこともたくさんあったし

主導権を固持することで知らないうちに他者を傷つけることもある

危ういバランスを歩いている

 

 

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2017.01.01 Sunday
賀正 2017

明けましておめでとうございます。

今年は久しぶりの映画を完成させます。

 

正月は実家に帰って

甥と姪にグリコを教えたよ

 

 

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2016.11.11 Friday
fake

本物と偽物の違いなんて一見ではわからない

信じたい人を信じればいい

裏の顔までは全部わからないから

 

いつも後ろ手に回るような感覚がある

出された舞台に立つと周りには誰もいない

 

クリントン氏の大統領選開票の翌日のスピーチで

「最も高くて固いガラスの天井を打ち破っていませんが

そう遠くない将来に誰かが実現してくれると期待しています」

という言葉が突き刺さった

 

女でありながら、社会で闘うことはつらい

無意識に無自覚に社会的な女には役割分担があり

我慢したり後回しを食らう

 

http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/28/obama-clinton_n_11235244.html

 

限界はどこまでだろう

 

身をひそめながら見えない天井に向かって牙を剥く

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2016.10.19 Wednesday
永い言い訳

西川美和さんはすごいなと。

家族の崩壊の先、人間として失格という烙印を押された人たちの

その先の人生を軽やかに描いている。

 

圧倒的に映像が美しい。

側にいて見守っている感覚に陥る。

この美しさと親近感はなんだろう。

フィルムで回していること、75歳のカメラマン山崎裕さんの肉眼が

私たちの眼を通して世界に問いを投げかけている。

アナログな方法で家族の喜びや悲しみを丁寧に丹念に織り込んでいる。

 

主人公の永い言い訳の最中をわたしたちは旅をする。

家族をなぜ作らなかったのか、妻をなぜ愛せなかったのか、

あの日なぜ自分は過ちを繰り返していたのか、

道徳的に生きることのできない彼が、普通じゃない家族の形を模索し、

過ちを犯した自分という罪の意識を少し歪で不釣り合いな形で溶かしていく

 

竹原ピストルさんが演じるトラックの運ちゃんで元ヤンみたいな役の

放つなんでもないフレーズがいちいち胸に刺さるのだ

人の受け止め方とか醜くて汚い心の澱を誰かに投げつけてもいいんだ

許されることがあるんだということがいちいち泣けて全編に渡る音の静けさが

映画館に鼻水をすする音が響いて気恥ずかしかった

大人の大人になれない悲しさやおかしさが子供たちの成長や

地場の薄いところに存在していることをおもったりした

 

実はその近日に「怒り」と「何者」も観たのだけど

期待以上の面白さだった

最近の東宝のヒット作としての勝ちパターンに共通性があったり、

大衆受けするいい企画だなと思ったり

時代性があるので作る存在意義あるよなとか

わたしなりの「分析」が冴えない感じだけど

西川さんが大切にする作り方になんだかときめいてしまった。

子供の成長を測るために、1年間をかけて撮影している。

手間も暇もかかるフィルムで。

小説があってそこから生まれた映画で、震災後の日本に作られてそれを皮肉るところもあって

そういう大切にすべきことを大切にしながら作られたこの映画は

わたしのようななんだか大人になりきれない大人にしっかりと届く作品になっている。

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
2016.10.18 Tuesday
シベリア抑留の記憶

話題になっていた映画をケイズシネマで

 

「祖父の日記帳と私のビデオノート」

「海へ 朴さんの手紙」

 

シベリア抑留の記憶に関する個人的な記憶を二本立てで。

予告編を観た時から引き込まれていた。

シベリア抑留についての映像を遺そうとするチャレンジを

個人の女性監督が成し遂げたなんて日本のドキュメンタリー界もすごいものを産んだな

とかのんきに思っていたら、知人から幾たびも評判を聞いて観に行った。

 

不思議な感覚に陥る映画だった。

久保田桂子さんのモノローグが心地よくて一寸眠りに陥りそうになるのだけど

スクリーンの向こうの景色に投影するのはシベリアのある地方で

一時暮らした二人のおじいさんたちの世界を想像しうる。

シベリアに行くことよりも、シベリアから帰ってきた人の記憶を丁寧に救い、

その延長を生きる日常の美しい景色や愛おしい時間を編みこんだ映像作品だ。

海を渡ったあの日の記憶、食べ物がなくてひもじい思いをみんなで乗り越えた記憶、

人を殺した殺し方の記憶、支え合った友の記憶、彼らの記憶が監督の存在の深いところに着地していく。

人間は記憶の集合体で生きている。記憶を絡ませあって現在の物語に還元している。

映像の中で、シベリアに行った祖父の孫として生まれた監督が祖父の記憶を留めようとする。

その行為がどうも日本に生きるということ、魂のつながりに生きるということ、

永遠に続くと思われる歴史の記憶の痕跡を残す作業につながっている。

 

もともとは1本の映画にするつもりで撮った作品が

2つに分かれてそれぞれに必要なストーリーと結末を迎えている。

その途中モノローグの風景描写でどうも号泣してしまった。

2作品共に自分の記憶の深いところに落ちてくるものがあった。

1作目はセルフドキュメンタリーのような個人的な覚書という向きが強かったが

2作目は韓国に住む朴さんに寄り添うように撮られている。

 

ティーチインがあり、桂子監督が

「身の丈にあった、嘘のない映像を作りたかった」(私の記憶にある部分だけ抜粋)

とおっしゃっていて、それがとても心に響いた。

わたしはいつからか嘘ばっかりだな、いつからか妥協を覚え、

本当のキモチに向き合うことを諦めていた。

それがすごくうらやましかった。

 

ケイズシネマ10:30の回10月21日まで

早起きして映画を観よう

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
2016.10.11 Tuesday
君の名は。

 

君の名は。2度目の鑑賞のため新宿バルト9へ

新海誠作品は昔トリウッドで「ほしのこえ」観た以来

調べたら2011年にやっていたから記憶違いでなければそうだろう。

 

君の名は。に どハマりしている

映画的構造の使い方がうまい

男女の入れ替わり、タイムリープ、震災と重なる彗星衝突事件、

東京と飛騨の風景、電車と夕焼け、映画的時間軸の省略の仕方、

音楽の入れどころ(主人公二人の覚醒で歌詞入り曲がスタート)を

もう一度味わうために観ていない友達を誘って再度鑑賞。

 

どこかで観たことのあるエッセンスに一味加えることで

興行収入200億円に迫る勢いの大ヒット中のラブストーリー映画だ

三連休の月曜日、バルト9のシアター9の座席数429は全席満席で

上映中映画の音以外は全て聞こえないほど集中し魅入ってしまった

 

二度目の鑑賞で気づいたのは(ここから観てない人注意のメモ)

冒頭の朝のシーンが入れ替わりの日とその次の日の2日間だったこと、

彗星が落ちる日とその前日の2日間を映画の全体にうまく散りばめて

瀧側と三葉側の視点を時間差で描くことで 同じ日の彗星の絵の層がどんどん膨らんでラストに向かっていること、

二人の名前と、相手を探しているという感情を表現するための涙は、日常に何かが足りないという動機になる。

場所や物がとても効果的で、組紐と口噛み酒と神社のご神体を使用することで

時間という捉え方が一つでないことを示唆している。

 

パンフレットやHPのインタビューで気づいた、

神木くんと上白石さんの男と女のこえとこえがはじめ聞いたときには

とても自然体で技術的なことをあまり感じなかったのだけど

声優としてのテクニックは意識的に排除しているらしいこと、

男女の声の使い分けを声帯ではない部分で表現していること。

 

基本的には映っている絵の役者のこえなのだけど

互いのセリフを何度も重ね合わせることにより強度のあるシンクロになり、

後半の彗星衝突の日では性別や役柄を超えてどちらがどちらのものとわからないほどに混じりあっている。

途中で記憶を呼び起こすための先輩やおばあちゃんのこえやセリフの使い方もうまい。

 

死ぬ瞬間を止めるために口噛みざけを飲んで、三葉の人生を走馬灯のように駆け巡り、

そこで出会うはずのない三葉側からの記憶を得たり、時間の選択という儀式に立ち会うこと、

生きて欲しいという願望と会いたいという願望が

時間軸のすれ違いと役者の声のやりとりで無数に組み合わさっていく

なぜ生まれてきたのか二人がなぜ出会ったかという答えにも聴こえてくる

いつもひいた視点でしか見れないけれど、論理的にはとても素晴らしいシーンだ

どうしてもインターステラーの主人公が過去のある瞬間に戻るための

時間層を描いたCGが衝撃的すぎてアレを想起してしまい、

時間を羊水や川の流れのように描く本編はとても自然なのだけど

あの世界よりすごい物でないと驚けない贅沢な私。。

 

彼は誰時(かはたれどき)について

彗星の分裂、男と女、東京と飛騨、昼と夜、過去と未来、二つの間にある特別な空間を指した映画である。

二つはどちらも一つでは成立しないため、もう一つを追い求めるかのように対になる。

どちらかを行き来して、重なる瞬間を愛しくおもう。

そこに起こるどちらともはっきりとしない怠惰な状態が実はドラマの要素として起こりうる。

答えを探しているとき、答えを発見するとき、そのどちらも実は必要なのだということ。

 

主人公二人が出会うことができるのか

揺れる気持ちにどちらが先に気づいてどちらが動きだすのか

そしていつ出会えるのか、ストーリー全てに心動かされてしまう

電車の中でふたりが出会うファーストシーンと電車の中ですれ違うあのシーンは

新宿界隈で住んでいる私にはよく観る風景に根づいたドラマチックなシーンで

観ていて泣いてしまうし思い出すたび熱い気持ちになる

あぁ恋愛映画や少女漫画好きのわたしには大好物なんだよなーああいう切なさ。

 

そして、瀧くんがタイムリープが一度止まってから

どんどん能動的になっていく過程と先輩という恋慕しながら眩しすぎて

自分らしくいられない存在といつも側にいて支えてくれた人を自覚してそれを表明する行為が

私にとってとても特別で大切な萌えキュンポイントである。

あーいいなぁ、ちくしょう。

 

妹が高校生になった時、おばあさんやお母さんがタイムリープした時、

サイドストーリーで続編を作ってほしいけど

監督の次回作も気になりますね。

先ずは「怒り」と「何者」を観に行くことでこの飢餓感をなんとか埋めようかな

でもRADWIMPSのサントラは買った!

 

 

(写真:伊藤華織)

バルト9エレベーターで撮ってくれた

 

 

| 小野さやか | 映画の宣伝配給 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |